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『浮き草』のひとりごと

どこにいても「違う自分」「違う人生」の可能性を探ってしまう30代OLの等身大日記
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一転してメリハリのある生活
約6ヶ月の育児休業を取得し、1日から職場復帰した。
配属は以前とは異なる。
以前の部署はすでに2年近くいたし、まあ予想どおり。

で、kiyoと入れ替えに、今度は同居人が育児休業を4月まで取得する。

ワクワクする。
最大の理由は、同居人にも子育ての大変さを体験していただき、それによって奴がどのように変わるかが見られるかと思って。・・・フフフ

とはいえ、一時期は哺乳瓶を一切受け付けなかった次女の飢えを防ぐためにも、
育児時間なるありがたい制度を活用させていただいて、
kiyoも夕方5時半には家に帰れるようにしている。

同居人の本日までの働きぶりについては・・

いやあ、よくがんばっている。感心する。
どの程度苦労をわかってくれたかについては・・・
奴は愚痴っぽく苦労を語らないのでわからない。
仕事ではしょっちゅう愚痴をこぼしているが、
主夫業については愚痴るよりは楽しんでいるらしい。うらやましいやつだ。

でも、間違いなく育児・家事の生活は大変らしい。
証拠に、今月1日と2日、専業主夫生活をし、次女をおぶって家事をこなした結果、
3連休は文字どおり「首がまわらなく」なっていた。
足腰が痛むとのこと。
「会社勤めよりもこっちのほうが体力使う」というのが第一の感想。
今日も、結局、風邪をひいたこともあってぼろぼろ状態のやつはすでに就寝している。

以前は、kiyoが子どもを寝かしつけながら寝入ってしまうことを責めていた奴であるが、
(今でもそれはしょっちゅうだが)、
これで少しはその理由をわかっていただけるだろうか。フフフ、これからだよ、明智君。(←古いかしらん)

同居人は新聞が大好きで、隅から隅までくまなく読む奴であるが、
今では、朝とってきた朝刊がそのままの状態で食卓に置かれている!
そう、育児をしている身では、記事をゆっくり読むことはできなんだよ、明智君。(←しつこひかしらん)

あまりにも肩が痛いというので揉んでやったが、そのときの質問がいい。
「肩こりって、いつ治った?」
奴は、以前長女の世話を一身にしていたkiyoの肩こりがいつ治ったかが知りたいらしい。
kiyoの答えは・・・
「肩こりって、治るもんなの?」
そう、長女を産んで以来、たぶん肩こりが治ったことはない。
治るとも思ってなかった。
治るなら、治したい。が、治してもすぐなるだろう。
さほどに育児は大変なのじゃ。わかったかね、明智君。(←いいかげんに・・・)


一方のkiyo。
いやあ、世の中の男性諸君はこんないい生活をしているのか、と改めて思う。
なんといっても、家のことは適当にしておいてもやってくれる人がいる。
仕事は、もちろんストレスはあるが、好きなときにコーヒーを飲めるしトイレにもひとりで行ける。
通勤電車はつらいか知らんが、少なくともその時間帯は自分ひとりの時間である。
お昼休みなんて、誰かと何かを食べることができるし、なんといっても自分ではなく人が作ってくれたものを食べることができる。
家に帰れば、なんと夕食が待っている!
子どもとお風呂に入って、眠ってしまってもOK。あ、同居人には嫌がられるかもしれないけど。(奴は単に寂しがり屋なのだ)

こんな天国のような生活、実家を出て以来かも。ああ、ありがたや。

あ、もちろん、kiyoも可能な限りの家事は手伝っております。
自分が逆の立場だったとき、「少しでも手伝ってくれれば楽なのに」と思ったもので・・


今しばらくはこの幸せをかみしめよう。
同居人の幸せだが体力使う生活もいつまで続くことやら・・・

| kiyo-ricci | 日常。 | 23:22 | comments(9) | trackbacks(130) |
思い通りにならない人生
生きがいの女性論―人生に満たされていないあなたへ
生きがいの女性論―人生に満たされていないあなたへ
飯田 史彦, 三砂 ちづる


なんとなく目が覚めましたよ。
というか、生き方を認めてもらったような気がしましたよ。

本書、経営学者と疫学の先生の対談集ですが、一気に読んで、肩から力が抜けました。
若い女性なんかは、三砂先生の発言は理解できないところ多々あるかもしれないけれど、
私なんかは、なんとなく納得してしまった。

で、この本のどこに「認めてもらったような気がした」のか。

その三砂先生の言葉に、「結婚は、思い通りにならないということを体験するためにある」ってのがあって。
私、結婚でそういう風に感じたことはさほどないのだけれど、
それ以外のところで、かなり思いとおりにいかないことを体験している。
そのトップはたぶん育児だろうけれど、これからは介護なんかも出てきそうだし、
何よりも、自分が選び取ったはずの仕事で、組織で、それを痛感している。

10年くらい前までは、かなり私は「おもうとおりの人生」を歩んできていたと思う。
でも、留学して、鼻っ柱をへし折られて、いろいろあって、
今の自分は、たぶん昔自分が夢見ていた自分ではない。
で、やっぱり、そういう自分と、「もしかしたら違う人生だったかも」と妄想する自分とを比較して、そのギャップに悩んだりするわけです。

でも、このセリフを読んで、それは無意味だとわかった。
思い通りにならないのが普通なのだと。
そうして生きていくことが普通であり、あるべき姿であると。

さらに飯田先生が、「最近は、人生に満足しようとする風潮が強いが、本当は納得しなければいけない」みたいなことをおっしゃっていて、もっと癒される・・

そう、そういうものなんです。
で、そういう経験は決して無駄ではないのです。

| kiyo-ricci | ちょっと書評 | 02:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
言葉習得による複眼思考
ガセネッタ&(と)シモネッタ
ガセネッタ&(と)シモネッタ
米原 万里

いまさらながら、名エッセイストの本を読んだりしている。
きっかけは当然ながら、著者の死。
それまではラジオなどでお声を聞くことがあったが、本を読みたいとは思ってなかった。
正直、話ぶりはあまり上手ではなかったので。
ただ、そんな聞きなれた声が聞けなくなると知ってから、
あらためて著書を読みたくなったわけで、
あるラジオ番組で絶賛?されていた↑を読んだというわけ。

やっぱり、言葉を専門に商売をしている人というのは、言葉の遣い方一つひとつが全然異なる。展開する理論も隙がないような感じ。
ひとつの事項を説明するのにちょっと冗長すぎるほどの注釈を入れたりするところが、
若干文章を読みにくくしてるかな、と思うけれど、これはたぶん、
育児休業で頭がぼけているわたしの能力が低下しているせいであろう。

いくつか、すごく納得がいく話があった。
ひとつは、日本人の膀胱の話。
外国の人たちに比べても、日本人ほど外で「トイレ」「トイレ」と騒ぐ人はいないという。
ちょうどこの本を読んでいるとき、海外の田舎でトイレに行きたくなったら女性は大変、といった話をとあるところで大勢としていたこともあり、すごく納得。
「オニババ化する女たち」の著者、三砂ちづる氏が、日本の子どもは小さいころからトイレに頻繁に行くようにしつけられるため、その癖があるのか、それによって膀胱にためておける尿の量が決まるのでは、などとおっしゃっていたのを思い出した。ちなみに三砂氏のお子さんはブラジル育ちなので、一般の日本人のように外出先で「トイレ」「トイレ」と騒ぐことはないのだという。

ちなみにわが子は順調にオムツもはずれつつあるが(まだ夜間と「大」のときはだめ)、彼女も、トイレトレーニングをすっかり保育園任せにしていた親の怠慢のせいもあって、外ではめったにトイレに行きたいとは言わない。(家で規則正しくトイレに行く時間を決めていかせたりしなかったし、今でも、本人が行きたいというまでほっておいている。驚くなかれ、これでもほとんど失敗はない。あっというまにオムツは外れました)
やっぱり習慣が体を作っていくのかしら・・


もうひとつは、
「母国語以外にとある言語を習得して暮らしたりすると、その国を盲目的に崇拝するようになるか、反動で、ナショナリズム的な日本びいきになるかのどちらかである」
という話。
これ、イギリスで痛感しました。
イギリス人と結婚した日本人女性や、イギリス暮らしが長い日本人の方々。
決まって、もんのすご〜く「イギリスびいき」なんですな。
「日本は時間に追われて生活してるけど、イギリスではのんびりできる」とか、
「日本は物を大切にしないけど、イギリスは古いものを大切に使う」とか、
すべてが「イギリスのほうがよい」という評価につながる価値観を持っている人が多かった。
そんな方々に、「日本ではこういうことができたのに、イギリスでは・・」なんて言おうもんなら、「日本での慣習を他国に持ち込む、現地に溶け込めない頑固モノ」といったレッテルを貼られることしばしば。

でも、たとえば前者は、
「日本の電車は時間きっちりにくるけど、イギリスでは遅延は日常茶飯事(予定時刻の前後20分以内のずれなら定刻とみなすという!)」とか、
「日本は新しいものを作り出してるけど、イギリスでは築100年の家とかを自慢する」とかに言い換えることができたりする。
当然、これは、その人その人の価値観によるものだから、どちらがいいとはいえないと思うが、イギリスでも正直迷惑してるな、と思うことでも、「イギリスだから許せる」「イギリスっぽいからOK」と無意識に思っている人も多いのではないかしらん。

じゃあ、もうひとつ・ふたつの言語を別に習得すると違うのか、というと、米原さんはそういうことを言っているわけではないのかもしれない。
英語という、世界共通言語として世界制覇しつつあるこの言語を駆使できるようになると、そのほかの言語を使用している人の思いや考えまでいたらなくなるってことではないだろうか。

やっぱり、なんでも、バランス感覚が大事。
複眼的にモノを見られるようになりたい。
| kiyo-ricci | 本とことば | 09:46 | comments(0) | trackbacks(3) |
天中殺から脱却か?(希望)
とうとう!とうとう!

車が戻ってきた!
ピカピカになって!
きれいになって!
(定期的にお掃除しようね〜)

月曜から車での活動開始。
これで子連れでも遠方にいけるし、
大きな買い物できるし、
ああ、うれしい。

事故の責任割合がまだ交渉中とかで、修理費用が明確じゃないんだけど、
今はそんなことどうでもいいって感じ!

他方、これまで使っていた自転車のよさもあらためて実感した5週間ちょっとでしたわ。駐車場がないところでもとめられるし、裏道を走れるから実は車よりも早く行ける所もあったり。
この5週間、近所の「野菜直売所」(地元の農家の方々が1品100円とかでおすそわけしてくれるやつ。)めぐりもたのしくなってきちゃったし。
スーパーにくらべれば割高かもしれないけど、新鮮さが魅力。
子どもを連れて、駐車場のない公園も行きやすくなりました。
(我が家の周りは、適度に広い公園がないのね・・・)

ということで、周りのいろいろなものがよく見えてきたこの頃。(←単純)
天中殺は脱却できたかね・・・
あとは、同居人の原因不明(あくまでもわたしからみたら原因がわからん)の不機嫌さを除けば、かね。
| kiyo-ricci | 日常。 | 10:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
そうそう。。。報告
報告します。
先週、図書館司書の資格、とれました。
足掛け四年の通信教育。
8月に受けた科目試験、落ちてたら再度登録更新だった・・・から、よかった、受かって。

でも、この資格で何が徳になるかしら?
いざというときには地元の図書館でボランティアくらいはできるかしら?
父親の容態や子どもの学校生活なんかとかね合わせて、転職するときに?

よくわかりません。

少なくとも、勉強しながら、公立図書館に勤めるのはやめよう、と思ったりした。
勉強すればするほど、公立図書館が行政的な視点から非常に立ち遅れていることを感じたから。
無論、浦安図書館みたいに時代の潮流に乗っているところもあるけれど。

一方で。
そういう、地に足がついたようなところで、少し泥臭い苦労をしないと、自分が成長しないような気がしている。
今のままでいいのか。今の勤め先でいいのか。
そういう意味では、現場経験をゼロから始めるのには、いい資格をとったのかも。

まあ、とにかく今は、4年間の自分の努力をほめたたえることとしよう。
| kiyo-ricci | 自己啓発 | 00:53 | comments(0) | trackbacks(4) |
ありのままを受け入れること
ここって塾!?
ここって塾!?
藤井 東

長女の赤ちゃん返りはだいぶおさまってきた。
情緒不安定なところはなくなり、まだまだ甘えてはいるものの、笑顔も戻ったし、
何よりもすごく成長した。いきなり大人・・つうか、お姉ちゃんになっている。

なので、まだ振り返ってモノを語る時期でもないだろうが、
今回の赤ちゃん返り期間を振り返ってみれば、一言で、

「わが子をありのまま受け容れるということ」が難しかった

ということだろう。

口で言うのは簡単だけど、
ちょっとでも自分の気にそぐわないような行動を子どもがとると、うんざりしたり、
イライラしたり。
何かと叱ったり怒ったりしていて、ふと考えてみると、
それは親の面子を立てるために子どもを責めていたり。
世間体を気にしすぎて子どもの意思を無視したり。

そんなときにこの本を見つけてちょっと読んでみて仰天。
そう、自分もわが子を藤井氏の塾に通うような子に育てたかったんだよな、と、
つまり、自分で自分の道を選べるような子に育てたかったんだよな、と、
昔感じたことを思い出されせられたりして。

何に仰天かって、
藤井氏はほとんど「勉強しろ」なんていわない塾講師だという。
子どもが突拍子もないことを言っても、「いいんじゃない」と、絶対に否定したりけなしたりしない、とか。

これってやろうとしてもなかなかできるもんじゃない。
特にわが子についてはそう思う。
藤井氏だって、絶対に一度や二度や三度くらいは、いや、もっともっと
子どもを、特にわが子を叱ったことくらいあるだろう、と思うけど・・・
他方で、この藤井夫婦の懐の深さ、感受性の強さを読むと、本当に書いてあるとおりだったのかもしれない、とも思う。

いずれにしても。
子どもをありのまま受け容れること。
親の世間体や面子、プライドよりも、
子どもの世間体や面子、プライドを優先させる。
これってすごく重要なんだと、痛感した次第です。
| kiyo-ricci | ちょっと書評 | 00:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
天中殺を終えて・・・?
すんごく久しぶりの書き込みとなってしまった。
とにかく、怒涛のような夏であった。

一言で言えば、「天中殺」に見舞われた夏。

7月終わり、長女が熱を出した。
以来、
同居人:ひどい下痢を伴う風邪
kiyo:乳腺炎(3年前の悪夢の再来か!?)
長女:風邪こじらせて急性副鼻腔炎
次女:原因不明の高熱・嘔吐(すぐ治るが・・)
長女:風邪こじらせまくってとうとう気管支炎未遂
次女:↑がうつって咳
kiyo:今度は右胸 白斑ができる・・・(現在進行中)

これで9月上旬。
それでも多少落ち着いてきたな、とおもったとたん、

自動車事故

長女の登園途中、車で走っていたら、右の一時停止線に停まっていた車が出てきてゴツン!
幸い誰にも怪我はなかった(現在のところは)からよかったけど、
車は修理に出さなきゃなんないわ、保険会社への連絡やらなんやらで大わらわ。
しかも、修理中、代車がない、とか・・・

このアップダウンの激しい田舎道を、思いっきり自転車ですわ。
しかも、後ろに長女18キロ、背中に次女7キロを背負って・・・
いやぁ、正直、毎日がトレーニング状態。

でもまあ、多少涼しくなってきた時期で、体力づくりにもなるし、もうええわ、がたがた騒ぐのやめよ、と思っていたら、今週は長女が毛虫に刺されまして・・

あ、もういい加減にしてほし。

で、なんやかんやで、気がつけばもう10月じゃないですか。
私の復職まであと1ヶ月。
1ヶ月前には配属先について人事から連絡があるはずなのに、
なんと1ヶ月を切ってもまだ連絡なしとな。

やってくれるわ、あ〜た。

同居人はなんだか情緒不安定で(原因不明)当り散らされるし、
同居はしてないけど実父が、またまた体調不良で頻繁に病院に行くし(車で送迎してたのに、現在はできず・・・すまない!)
怒涛の8月・9月を過ごしたkiyoがやって前向きになろうとしてるのに、
なんでこうもうまくいかないんだろ。

でも、天中殺はもういくらなんでも去っただろう。
と、信じたし。
| kiyo-ricci | 日常。 | 10:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
夏休み
1週間、同居人の実家へお邪魔。
母のいない私としては、長女・次女、共に出産時にお義母さんにお世話になったこともあり、格別居心地が悪いということはない。
ありがたし。

次女の世話にかかりきりになっても、ここならその間長女の面倒を見てくれる人がいる。
これは、実は私にとっても長女にとってもストレス解消になった。
私は、2人いっぺんに面倒をみなければならない時間が軽減されたから。
長女にとっては、寂しい思いを少しでもしなくてすむから。

この1週間で、長女の最近の問題が解決されたわけではない。
相変わらず、園では別れ際に泣き叫び、ちょっとしたことでぎゃあぎゃあ泣く。
でも、これは、私の育児に問題があるばかりではなく、「赤ちゃん返りの一環なのだ」と思うこともできるようになると、とても気が楽になる。
気が楽になった分、こちらの笑顔も増えるのか、子どもの反応も愛らしいと感じられるものが増える。
好循環だ。

世間で、お嫁さんが実家に行きたがるのが、判る気がする。
少しでも精神的に楽になれるのは間違いないから。

ちなみに1週間の間、同居人はどうしても休めない仕事があったために、一旦我が家に一人で戻って、再度実家に帰ってきた。
この間の、同居人との離れた時間が、最大のストレス解消だったりして・・
あ、うそうそ。
| kiyo-ricci | 日常。 | 23:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
再び、私がわるいのか
ここのところ、長女のヒステリックな駄々?がひどい。

しばらくはちょっと収まっていた感じだったんだけど、
最近は、たいしたことじゃないのに、「ヤダ!」を連発したかと思うと、
ものすごい泣き声で泣き叫ぶし、
時にはそばにいる人に対して蹴りまで入れる・・・

我が家だけかと思ったら、保育園でもそうらしい。
今日、あらためて先生に指摘されてしまった。

「どうしてああなっちゃうのかしらね」

その先生は、決して悪い先生ではない。
が、なんとなく、なんとな〜く、言外の含みがあるような気がして・・
それは、「ご家庭で何かあるんじゃないですか?」といわれているような気になる言い方なのだ。
つきつめて考えると、母親である私がいけない、とまで聞こえるような気がする・・・。
いや、先生は決してそんなつもりで言ったのではないと思うけれど・・

最近、私自身が、周辺との人間関係をうまく築けていない、という事情があるかもしれない。
それが子どもにもなんとなくわかるのかもしれない。
以前もそういうことがあったから、まず間違いなく、子どものストレスは私が原因だ。

だからこそ。
子どもの状態を指摘されると、こちらの胸が痛む。
どうしていいかわからない。

永遠にこういう状態が続くわけではないとわかってるけれど・・・
つらいなぁ
| kiyo-ricci | 子育て・親育ち | 10:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
真相が明らかに・・
ジダンの頭突きの原因について、とうとうジダンが口を割った。

そうかぁ、なるほどね・・
どこぞの報道で、ブラジルの読唇術者がマテラッツィの口の動きから、そうではないか、と言っていたというが、やはり家族に対する侮辱だったか・・

同情はする。
マテラッツィにしても、あんなときにそんな中傷、卑怯だぞ、と思う。
でも、その挑発に乗ってしまい、暴挙に出てしまったのは・・
やはり、負けである。

ただ、ただ、最後の舞台をそんな形で終わらせることになったジダンは気の毒か。

難しいねぇ・・
| kiyo-ricci | 2006 World Cup in Germany | 10:07 | comments(0) | trackbacks(1) |
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